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家族への希望と哀しみ
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家族への希望と哀しみ
摂食障害とアルコール依存症の経験
大河原昌夫/著


目次
はじめに

第一章 摂食障害と家族
1 摂食障害を考える――家族への眼差し
  摂食障害になると アルコール依存症の経験から 摂食障害の家族の風景 摂食障害は病気か 摂食障害からの回復(1) 家族とともに 摂食障害からの回復(2) 本人の回復 「マーサウの会」の風景
2 摂食障害の家族へのアドヴァイス
  なろうとしてなれる病気ではないことを理解する 症状にはそれ以上の破壊から自分を守る意味もある 励ましによって、元の状態へ戻そうとしない 過食・食べ吐きなどの症状に「なぜ」と聞かない 「まだ太っている」――を否定しない 「家族が悪いから」病気になったのか 負い目は自分の心の中に 過食・食べ吐きの手伝いはしない、本人に任せる 家族は一歩の余裕とユーモアを 完全な家族を求めない、失敗を恐れない 家族同士の分かち合いを 入院について
3 摂食障害への疑問に答えて

第二章 アルコール依存症の臨床から
1 アルコール依存症の家族へのアドヴァイス
  なぜ家族なのか アルコール依存症への誤解 本人が飲酒をどう考えているかをよく聞く
 〈飲酒をやめる気のない人に対して〉脅しは効かない、しない、実行できる約束だけをする 自分の気持ちを伝える 飲酒の後始末をしない
 〈やめる気が起きてきたらしい場合〉家族は休息し、自分を責めるのをやめる 「酒」という言葉を忘れる 「やめる気があるのね」と催促しない やめようとしている人にプレッシャーをかけない 監視をしない 再飲酒にあまり反応しない 隠れ飲みには悲しいとだけいう 抗酒剤について 家族は無力である 失敗を語り合う 古い習慣を棄てる 入院と外来、強制入院について 女性のアルコール依存症を家族に持ったとき
2 アルコール依存症の意外さ
3 AAへの希望
  AAの女性 回復は押しつけない 神とハイヤーパワーと仲間
4 アメシストヘの希望

第三章 日本の家族の風景
1 子を持たない生き方――淋しいエゴイズム
2 孤立する家族のために
  幸福の追求・家族の挫折 不完全で楽な家族 前近代の家族像 転向と家族――日本の家族の弱さについて 地道な努力の無意味さ 希望はあるのか 家族に出来ること
3 子どもの権利・学校のお節介

第四章 人びとの記憶
1 釧路で映画を見続ける意味――堀要君のこと
2 責任を持つ性の教育――朝山新一さんの教え
3 不安な家族――中井久夫への感謝
4 志と茶目っ気と――さよなら上野博正

あとがき


AAのA類常任理事を5年間務めて下さった大河原先生のご著書です。
先日の講演の時に買ったのでサイン本になってます。
でもまだ読んでません。

それでもちょっと中身を覗いてみると、講演の内容より本の方が分かりやすく書かれています。先生、しゃべることより書くことの方が達者なんですね(わかっていたことだけど)。目から鼻に抜けて、ああしなさい、こうしなさいとビシビシ厳しい指示が飛んでくる・・というタイプの先生ではなく、「先生、どうしたらいいんでしょう?」という質問に対して、「僕にも分かりません。一緒に悩みましょう」というタイプの先生です。そういうタイプの先生が合う人もいるのです。

講演の時も「5年後にまた講演に呼んでくれれば、僕も経験を積んでもっとちゃんとしたことが言えるかも」なんて、ペロっと正直なことを言っちゃう先生です。


> もう1年も経ってしまったのですね。

早いものですね。4月にはラリーさんの講演が関西と東京で企画されているそうです。

> ダルクのIさんが、テキストを翻訳する

そうですね、そのうちいろいろご案内できるのではないかと思います。カウンセラーズマニュアルは一般売りはしないのですが、クライアント用のワークブックなどは希望者に販売できるかも知れません。

> 重なってしまい無理でした

平日は仕事をして、休みの日にイベントに行くのを続けていると、体力も財布の中身も枯渇しそうであります。
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by kokoro-no-iede | 2011-02-19 19:15 | Bookplate
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