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カテゴリ:Grapevine( 28 )
Grapevine
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友人からもらったGrapevineを紹介していきます。

DRUNK DREAMS
A member looks at the insanity before the first drink
(編集人の言葉)
この号では、ステップ5に取り組むことで思いがけず得られた恩恵について、スポンサーシップや顔を合わせてのミーティングから得られた「仲間である」という力強い感覚について幅広い体験を分かち合います。読み返すことにより、私自身もミーティングに参加して感じるのと同じ気持ちになりました。私も今日をソーバーで生きねばなりません。私の回復は当然のものではなく、アルコホリズムは消え去ってはいないことを、これらのストーリーは私に思い起こさせてくれます。

表題の Drunk Dreams(飲酒夢) というストーリーは、飲酒する夢は(決して吉兆ではなく)隠れた病が現れたものだという理解を紹介しています。僕も飲酒する夢を何度か見たことがありますが、当時はあまり良い精神状態ではなかったことは確かです。飲酒夢は危険な徴候でしょう。
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by kokoro-no-iede | 2013-01-04 15:28 | Grapevine | Trackback | Comments(0)
Grapevine - FEELING DIFFERENT?
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自分は他の人と違う・・と思いますか?
あなたが誰であるかは問題ではありません。必要なのは飲酒をやめたいという願いだけ。
AAの中の多様性。

私たちの中には、初めてAAに来たとき、AAが自分に相応しい場所だと感じることが出来なかった人もいました。幸いなことに、AAの間口は広く開いています。ビッグブックの「解決はある」の章では、私たちのことを「ふつうなら出会うことさえもなかった者同士だ」と表現しています。しかし、それに続いて「だが私たちのなかには言葉では言い表せないような素晴らしい仲間意識と友情と共感がある」と保証しています。

今月号のダイバーシティ(多様性)の特集では、「私は他の人とは違う」と感じていたアルコホーリクがAAの中に居場所を見つけた話を掲載しています。

中国人でユダヤ教徒で若すぎるという彼女、耳の聞こえないメンバー、無神論者、ゲイ・・・。
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by kokoro-no-iede | 2012-11-14 17:37 | Grapevine | Trackback | Comments(1)
Grapevine & BOX-916
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喪失体験
~痛みは避けられない。だが苦しむかどうかは選べる~

子供、親、きょうだい、配偶者、そして仲間。愛する者を失った体験はショックであり、またソブラエティにとっての試練でもある・・AAメンバーたちが悲しみをどう扱い、その後で成長していったか。アルコホリズムから回復した時と同じ道具が、悲しみからの回復にも役だった経験を分かち合う。

同じグループのAさんが、(たぶん読み終わった)Grapevineを毎月くれます。表紙と特集の主旨ぐらいは、いただいたときに載せようかと。
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こちらは日本のBOX-916。文章を投稿するのが苦手という人は、写真を投稿して下さい。人の顔が写ってないことが条件です。
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by kokoro-no-iede | 2012-11-09 16:05 | Grapevine | Trackback | Comments(0)
またGrapevine
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SPIRITUAL AWAKENINGS 霊的目覚めのコーナーから

Money talks
金の話

A beginner meets 'the God of just enough'
「ちょうど必要なだけくれる神さま」に会ったビギナー

 この文章を書いている今、俺のソブラエティ(飲まないで生きる)は51日目だ。矛盾しているが、この日数があっという間のようにも思えるし、まるで一生のようにも思える。自己破壊的な衝動をせいぜい何日しか抑えられなかった人間にとっては、これは奇跡だ。奇跡と言えば、昨日のミーティングでそれをひとつ体験した(昨日は二つミーティングに出た)。そのミーティングのトピック(テーマ)は「AAを与えてくれた神に感謝」だった。ある男がAAを与えてくれたことで神に感謝すると言っていたけど、でももっと重要なことは、そいつは神を与えてくれたことでAAに感謝しているんだ。

 俺は今までの人生の大半、神ってのはつまらないファンタジーぐらいにしか思ってなくて、拒んでいた。神を信じてみたいと思っていたけれど、そんなものが要らないぐらい俺は利口なんだと思ってた。きっと現実に対処できない弱い連中が、それを杖として使わなくちゃ毎日が過ごせないんだろうって、ベッドから出るだけでもアルコールと薬を使わなくちゃならない俺がそう言ってたんだ。そんな俺がこんな話をするなんて。俺が「神がしてくださった」と言うようになるなんて、思いもしなかった。俺はあのころ自分が黄昏時を生きている感じがして、(自分の人生の)ハンドルを握っている気がしなかった。その話をしよう。

 AAには会費はないけれど、献金用のバスケットを回すのが慣わしで、俺たちはそこにいつも1ドル札を入れることにしている。中にはもっと入れる奴もいるし、時には10ドル札が入ることもある。けれど俺は自己破壊的に使いたくなると困るので、そんな大金は持ち歩かないことにしている。こいつは俺の友だちで回復中のアルコホーリク仲間のジョーが証明してくれるけれど、俺はひとつ前のミーティングでポケットと財布の中を探したんだが、まったく金はなかった――俺の財布は空っぽだったんだ。

 それでまた献金用のバスケットが回り出したとき、俺は隣の友だちのほうを向いて、金があればいいのにと嘆いてみせ、それからポケットをざっと探してみせ、財布の中をのぞき込むふりをして、その部屋にいる連中が俺が献金をケチってるって勘違いしないようにするはずだったんだ。

 ところが財布を取り出してみると、突然そのど真ん中に少しパリっとした1ドル札が一枚入っていた。まったくの新品に見えるほど新しくもなく、折り目が付くほど古くもなかった。

 俺はビックリして「うわっ」て大声を出した。こんな時に何て言えばいいんだ、他に考えられないだろう。すると隣に座っていたオールドタイマー(生物学的な年齢じゃなくてソブラエティのほう)が胸の前で腕を組んで俺を振り返ると、わかった顔をしてこう言った。「神さまだよ」。それからまるで俺の心を読んでいるみたいに、静かな声でこう続けたんだ。

「宝くじを当ててくれる神さまじゃなくて、ちょうど必要なだけくれる神さまさ」。

 必死になってその言い訳をすることもできたし、大げさに騒ぐこともできた。けれど俺は、俺のハイヤーパワーを、部屋にいるアルコホーリクのみんなと一緒に分かち合うだけで満足だった。その1ドル札がなんでそこにあったのか、きっと理由はわからないだろう。けれど絶望的な状況だった俺は、その時何かをつかみ取れたことが嬉しくてたまらなかった。それから俺はこう思うようになった。たぶん、俺が今すぐ助けてくれと要求しながらずっと捉え損なっていたことを、(その時は)自分から欲しがることになっていたんだ。神さまは俺の人生の間ずっとそばにいて、手をさしのべ、導きを示してくれていたんだと。

 それでもやっぱり、神さまが毎日俺のことを見ているとは、すんなり信じられない。だから俺は一ドル札を2枚、他の金と分けて財布に入れとくことにしている。また献金する金に困った時に、もう奇跡に頼らなくても済むように。

PHILIP R.
Pelham, New York
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by kokoro-no-iede | 2010-02-03 16:52 | Grapevine | Trackback | Comments(0)
もうひとつGrapevine
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同じく特集
DOUBLE-DIGIT SOBRIETY
ふた桁のソブラエティ
より

At My Age
この年になって

Sober twenty-seven years, an AA hits some bumps in the road
ソーバー27年のAAメンバーが、人生の道の小さなこぶにつまずく

 一年あまり前、私は最後の仕事を解雇されるまで、評判の良い治療施設でアルコールと薬物のカウンセラーとして働いていた。そこから放り出されたことで、私は荒れた。怒りと、失望と、否認が押し寄せてきた。私はその前の仕事も、さらにその前も解雇されていた。まるで悪夢のようだ。自分が無価値だと感じ、途方に暮れ、落ち込んでいた。何かがひどく間違っているように思えたが、そのことにうなずいてくれる人はいなかった。自分のAAグループでは、ステップ3だよ、という善意の提案しかもらえなかった。27年もソブラエティを続けてきたのだから、私にはもっとましな治療がふさわしいように思えた。

 私はどうやら、妻にも私にも突き止められない、何かの病気が進行しているようだった。私は自分が落ち込んでいるだけだと思い、そんな時にはいつでももう一回ミーティングに出ると良くなってくることが分かっていた。でもこの時はうまくいかなかった。私はさらに深く深く落ち込み、しまいには心の中で自分に向かって、「俺がいなくなって、みんなに後悔させてやる」と叫んでいた。最後の手段として、私は検査のために入院することになった。

 病院で私が過酷な試練に耐えているそばで、妻がずっと付き添っていてくれた。その間に私は脳卒中を一回、心臓発作を一回起こした。心臓発作は簡単に片づいた。しかし、脳卒中のほうはそれまで一度もなかった体験で、完全に不意打ちだった。十分回復すると、専門医の診断を受けるという条件付きで家に戻された。するとさらに、初期のアルツハイマー症の徴候があるという診断が下された。医師団は私にもう仕事には就かないように命じた。私は公式に「障害者」になったのである。

 そんなことが私の身に起こるとはとうてい考えられなかった。私は医者と法律家ばかりの一族の出身だ。私は大学の討論大会で優勝し、全国討論大会の優勝者のコーチも努めた。大学も大学院も学校から奨学金が与えられた。コンピュータープログラミングの事業を所有し、ソーバーが3年の時には法科大学院も卒業した。教師として学校に戻り、校長も務めた。やがて教えることに飽き、アルコールと薬物のカウンセラーの認定を受けた。その私が、二度と働くことができないとは。それも永久に!

 これが公平なことだろうか? こんな扱いがあっていいのか? いまの私は「愚かで、退屈で、陰気な人」に格下げになったのか? 自分をスーパーマンと見なしているセルフイメージを、終末の病気という自分の新しい状態に一致させるのは、その時の私にはとてもできないことだった。妻は私に自信を取り戻させようとしてくれた。私のグループは根気強く話を聞いてくれた。結局最後に私は「そのすべての答えを知る」ことにくたびれてしまった。

 私が前回同じように途方に暮れ、ひとりぼっちに感じたのは、酒をやめたときだった。その時私はルイジアナ州ラファイエットで逮捕され、保護室の中で拘束されたまま警察が私の扱いを決めてくれるのを待っていた。そこでハイヤーパワーがはっきりとした声で私に言った言葉を、今でも寸分違わずに思い出すことができる。「今のお前は、私がお前のためにしてやることを望んでいるか?」 その瞬間、私が「はい」と答えた瞬間から今までの人生で、私が神の意志を疑ったことは一度もなかった。

 私は27年前の声の主に祈りを続けている。そして私はニューカマーからの電話を受けることを始めた。彼らは人生のあらゆる事を続けながら、何とかして素面になる方法を知りたがっている。私には彼らの言葉に怒りと恐れが感じられるが、しかし彼らは解決を見いだそうとしており、それは私も同じだ。彼らは私の不安を映し出す鏡であり、また私が降伏し、医者の指示に従うのに実によい助けになってくれている。

 最初に仕事を失った時に提案されていたにもかかわらず、私がステップ3に戻ってくるにはずいぶん長い時間がかかった。それでも私はそこに戻れたことをうれしく思う。自分が答えを持っていないのも、そう悪い気はしない。少々怖いけれど。

JIM L.
Newton, Kansas
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by kokoro-no-iede | 2010-01-31 22:52 | Grapevine | Trackback | Comments(1)
今月のGrapevine
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特集 Double-Digit Sobriety ふた桁のソブラエティ より

THE BOTTOM OF THE GLASS グラスの底

A Young "old-timer" discovers how fragile sobriety can be
ソブラエティの脆さを知った若い「オールドタイマー」の話

 それはAAでの21回目の記念日を控えたある朝のことでした。私は座って朝食を食べながら、前の晩にスイーツ(甘いもの)を食べたのに、頭痛がしないことを喜んでいました(砂糖を取るといつも軽い二日酔いを経験するのです)。私の調子が良いのは、きっと砂糖を使ったものを食べたときに一緒にタンパク質も十分取ったからだと推理しました。その時です。もし固形のプロテインを十分取ったなら、ビールを2杯飲んでも二日酔いにならなかったかもしれない、と考えが浮かびました。さらに、私はもうアルコホーリクじゃなくなっていて、お酒の問題はただ糖分のバランスが欠けていたせいだったのじゃないか、と思いました。ハッとして、私の心はいつもの状態に戻りました。

 そんな狂った考えを作り出した自分の頭にぞっとし、ショックを受けました。その前の瞬間の私は「ブラックアウト(記憶喪失)」を起こしており、自分がアルコホーリクであることを「忘れて」、今の自分に必要なのはビールだと思ってしたのですから。その時まで、その朝のような分別を欠いた考えをしたことはありませんでした。それまでの私は、ビッグブックに登場する、牛乳と混ぜればウィスキーを飲んでも大丈夫だと思ってしまったかわいそうな人とは違って、自分はそんな狂気とは無縁だと思っていたのです。私は自分の考え方が他の人ほどねじ曲がっていないことを誇りに感じていました。私のアルコホーリクの心が持っている――辛抱強さではなく――狡猾さについて、「より多くが明らかにされた」瞬間でした。

 最初に「より多くが明らかにされる」というコンセプトを思いついたのは、12の約束に書かれたこと「より多く」からでした――人間に対する恐怖症や経済的不安から解放され、役に立つことと、幸せを知っていく。その約束が果たされた上に、私はもっと多くを受け取りました。無事に卒業し、専門家として経験を積み、この共同体のメンバーと幸せな長い結婚生活を楽しみました。ステップに取り組む続けることで、スピリチュアル(霊的)に進歩し、過去と折り合いをつけ、家族との関係も修復できました。私が今もAAミーティングに出続けているのは、回復について私の知っているすべてには72時間の有効期限しかないように思えるからです。

 ここ数年、私の「より多くが明らかにされる」ことへの理解は、私の限界についての辛い教訓と、次の酒への警戒を続けることへと広がっていきました。「より多くが明らかにされる」ことの新しい次元に最初に気が付いたのは、私のソーバーが15年の時でした。私は忠実にミーティングに通い続け、他の人と一緒にプログラムに取り組み、ほどよく幸せで、喜びに満ち、自由な人生を生きていました。

 けれどやがて私の内面に危機が訪れ、ソブラエティの最初の日と同じ3つの選択肢を私に突きつけました。飲むか、自殺するか、プログラムに取り組むか、です。愛に満ちたスポンサー、夫、それにAA内と外の親しい同性の友人たち何人か、そしてステップに支えられて――皆に感謝、私はこの魂のソーバーの暗い夜を通り抜けました。そこから抜け出したとき、私の根本的な性格上の欠点についてのより深い理解と、ビッグブックに書かれた「日々の執行猶予」の本当の意味が分かりました。ソブラエティという贈り物の貴重さ、私の欠点の見つけにくさ、その致死性、人生がかかったプログラムに取り組むことの重要性について、私に「より多くが明らかにされ」たのです。

 その後の数年間、私の地元のAA共同体で、長いソーバーのメンバーが何人も再飲酒しました。ソブラエティが数ヶ月や数年の人たちは、その再飲酒に驚いたと話していました。ソブラエティが16年、17年、22年という人が、どうして再びお酒を飲むのか理解できなかったのです。それが皆んなの上にも起こるかもしれない! 私はミーティングで手を挙げて、長いソブラエティを持った人がどうして再飲酒するのか、自分の考えを話しました。私はうろたえ、混乱し、自分の考えが当たっているかどうか心配でした。私だってすぐに飲まないとも限りません。私は誰かが再飲酒する本当の原因を知りませんでした。もちろん、私がいつかお酒を飲んでしまう理由もちゃんと説明できませんでした。けれど私には、ソーバーが数年の頃よりも、自分についてあまり知らなかった頃よりもずっと、自分の回復を大切に――その脆さを――感じられるようになっていました。

 Garyというロングタイマーは、ふた桁のソーバーの記念日を祝う人たちに、いつも「次の再飲酒までずいぶん間があいたもんだ」と言っています。私は最初その言葉に傷つきました。その言い方は失礼だし、せっかくの記念日のお祝い気分を台無しにしていると思ったのです。やがて私は彼の言葉の意味を正しく理解しました。それはたくさんのAAメンバーが理解する真実を語っていると分かったからです。数年を越えて、もっと長くソーバーを続けていると、私たちはいつか魂のソーバーの暗い夜を、一度はあるいは何度も通り抜けねばなりません。その困難な時期に、私たちが次の酒に本当にどれだけ近づいているかより深く学べれば、受容と謙虚の新しい次元へと導かれるでしょう。この共同体とプログラムの原理が、私たちがそれにちゃんとしがみついていさえすれば、楽しい時期と同じように、厳しい時期も私たちを支えてくれる恩寵を知ることができます。ソーバーが33日であっても、33年であっても、毎日毎日、能力のベストを尽くしてプログラムに取り組めば、いまもアクティブなアルコホリズムからの日々の執行猶予を手にすることができます。

KATHLEEN M.
Riverside, Rhode Island


この号から全ページがフルカラーになりました。これってすごいかも。

あと表紙からAAの文字が消えました(AA Grapevine→GRAPEVINEと創刊時のタイトルに戻りました)。郵便の規制に合わせるため、それと読者のアノニミティに配慮した結果だそうです。

NYのGSO所長を9年間務めたGreg M.にかわって、初の女性所長(Phyllis H.)が誕生したというニュース。若者向けの新しい広報ビデオのニュース。

アルコホリズムの各界の最新情報を伝えるコーナーでは、子供時代のIQが高いほど成年後にアル中になりやすい傾向、アメリカ・インディアンの死因にアルコールが深く関係している報告、アメリカ国民千人にアンケートした結果、アルコール依存症の治療に効果があると信じている人が2/3、回復中の人と友だちになってもいいと思う人は6割(なりたくないと思う人は2割)という報告が載っています。
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by kokoro-no-iede | 2010-01-29 11:01 | Grapevine | Trackback | Comments(0)
またGrapevine
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オールドタイマーのコーナーから
One Last Meeting 最後のミーティング

In a strange city far from his home group, an AA shares his story
ホームグループを遠く離れた見知らぬ町で、AAメンバーが彼の経験を分かち合う

これは28年飲まない生き方を続けたメンバーのために、イリノイ州DeKalbのアラノ・クラブ宛に書かれた手紙です。
 DeKalbのアラノ・クラブの皆さんへ

 昨日私とスポンシーのビル・Bは、以前にそちらのクラブメンバーだったジョン・McDに12ステップコールをかける機会に恵まれました。彼は肺ガンのためホスピスで死を待っているところでした。彼は5年前に当地ラスベガスにやってきたのですが、こちらに来てまもなく、彼は重い病気にかかりました。ここ数年というもの病院の外にいるより中にいる時間が長かったので、ラスベガスのAAに関わるチャンスはまったくなかったそうです。

 私のスポンシーの妹がその病院の集中治療室で勤務しており、そこで昨日の朝ジョンは、積極的な治療をしてもあと数ヶ月寿命を延ばせるだけだと告げられました。ジョンは長い間激しい痛みに苦しんでいたため、彼は治療を打ち切って、生命維持装置をすべて取り除くことを選びました。その選択によって、彼の余命は30日以下となりました。

 ジョンは付き添っている看護婦に、AAに電話をかけ、誰かに来てもらうように頼みました。彼は入院承諾書にアルコホーリクだと書いており、看護婦は彼がアクティブな(=まだ飲んでいる)アルコホーリクで、死ぬ前にAAにつながりたいと願っているのだと考えました。しかし、それは奇妙な依頼でした。どう見ても彼がまた酒を飲むとは思えなかったからです。彼は、これはスピリチュアル(霊的)な事なのだと言いました。

 看護婦は彼が魂の救済を気にかけていると思ったのでしょう。そこでカトリックの司祭が呼ばれ、訪問して話をした後で、彼の求めているのは誰か他の人のようだと看護婦に言いました。善意あふれる看護婦は、彼はきっとプロテスタントに違いないと思い、病院付きの牧師に連絡を取りました。訪れた牧師は、またも彼の求めているのは別の人だと告げました。

 ジョンが困っているのは確かだったので、看護婦はその施設の精神科医を呼ぶことにしました。精神科医は部屋に入って数分で、ジョンの依頼のスピリチュアルな側面を把握しました。彼は本当にAAから誰か来てほしかったのです。

 その看護婦は私のスポンシーの妹だったので、スポンシー(ビル・B)が呼ばれました。ビルは、施設でアルコホリズムのせいで死にそうになっている誰かが、AAから誰か来てほしがっている、と間違って伝えられたのです。ビルは12ステップコールの訪問に一緒に行ってほしいと私に頼んできました。私たちはホスピスにいる誰かにそんな短い間のソブラエティでも得る利点があると、言えたものかどうか悩みました。ジョンが28年も飲まないでいるとは考えもしなかったのです。

 ジョンの部屋に入ってみると、彼は娘のデビーと一緒にいました。私がAAから来たと告げると、彼女はまるでカジノのビンゴ広告のようにぱっと明るくなりました。それはジョンも同じでした。彼は本当に弱っていて、つぶやくように話していましたが、私たちの姿を見ると笑いかけ、「ありがとう、本当にありがとう」と言いました。

 彼の言葉を聞き取るのは大変でした。彼は「私は1979年8月12日からソーバーで、AAを愛している」とささやきました。それは興味深い偶然で、彼と私は二人とも1979年の同級であり、クラスメートが再びここで集ったのだ、と伝えると彼は笑いました。この訪問はまさに彼の求めていたものでした。

 話を続けるうちに、ジョンは次第に元気になり、声は力強く、聞き取りやすくなっていきました。別れを言うころには、ジョンは分かち合いに笑い声をたくさん上げていました。

 その二日前、ジョンは40年前に分かれた最初の妻に埋め合わせをする機会に恵まれました。娘のデビーが後で話してくれたのですが、彼は飲まなくなって以来ずっと彼女の母に埋め合わせをしようと試みていたそうですが、その機会を決して与えてくれなかったのだそうです。

 デビーが母親に電話をかけ、「お父さんが死にそうなの。埋め合わせをさせてあげても、失礼にはあたらないんじゃないかしら」と伝えたところ、彼の胸から(その重しを)取るのに15分だけあげると返事があったそうです。ところが別れた妻は彼と2時間以上過ごし、また訪問すると約束し、来てよかったと言いました。デビーは40年以上にわたった憎悪と怒りがたった半日で溶けるのを目にしたと語りました。

 ジョンはもっと誰かをAAから呼んでほしいと言いました。そこで私たちは、ニューカマーに対して、人生が何を投げかけてきてもしらふでいる手助けをしてくれるのは神の意志ばかりではなく、人生の終わりにあっても、彼はあなたたちが難問に直面する手助けをしようとしている、と伝えることにしました。

「私が初めてAAにやってきたとき、オールドタイマーがこう言った。私は二度と一人ぼっちにはならないと。それから28年経って、この見知らぬ町で、AAはその約束を守ってくれた」、と彼は言いました。

 ジョンは最後に一度ミーティングがしたいと言いました。そこで私たちは今日これから何人かで行くことにしています。ジョンは私たちにアラノ・クラブに連絡を取って、かつての友人たちにこう伝えてくれるよう頼みました。「ジョンはレースをしらふのままで終え、そのまさに最後まで友人たちを愛していた」と。ビルと私は、もっと早くにジョンと知り合えていたらと思います。

共同体の中で
キース・T & ボブ・B
 ビルと私がその終末医療の病院を木曜日に去った後で、ジョンには鎮静剤が投与され、サマーリンのホスピスに移る準備が始まりました。次の日の午後、私たちの一団はジョンとミーティングを共にするためにホスピスを訪問しました。私たちが到着したとき、彼はまだ移動のための麻酔が解けておらず、娘のデビーは彼が意識を取り戻すまで何時間がかかるだろうと伝えてくれました。そこで私たちは待つことにし、その間彼女が喜んで私たちの話し相手になってくれました。

 彼女はジョンの話をいろいろとしてくれました。彼は引退するまでハーフウェイ・ハウス(中間施設)を運営していたものの、収支がバランスするだけ収入があることは滅多にありませんでした。けれど彼は、神様はいつだって借金を返す方法を示してくださるさ、と言っていました。彼はいつでも、酔っぱらいか、あるいはしらふのアルコホーリクと一緒でした。彼は常に、AAが彼の人生を救ってくれたのであり、それこそ、彼にただで与えられたものを他の人も手にできるよう手助けする理由だ、と語っていたそうです。

 彼は意識を取り戻すことなく、私たちが去った数時間後に亡くなりました。しかし、あの木曜日の午後の2時間で、彼はAAとのつながりを取り戻すことができました。彼はDeKabにいるAAの友人たちに彼のメッセージが届くことを知ったのです。彼はしらふのまま死に、あなたたちを愛していた、と。

Kenith T.
Las Vegas, Nevada
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by kokoro-no-iede | 2010-01-23 18:50 | Grapevine | Trackback | Comments(2)
もうひとつGrapevine
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特集 Releasing Your Character Defects 性格上の欠点を手放す

まずは最初の短いストーリー。

新しい私は過去の残骸の中から現れました。過去の私は、例え選ぶよう示されたとしても、今の私を選べなかったでしょう。私にはどの性格上の欠点を手放すべきか、それを何と置き換えるか、どうやってそうするかも、思いつけませんでした。私にとって、それは神がその力で私にしてくださったことです。私の人生では回復はそのようにもたらされました。
 ~フロリダ州Homestead、Danny J.からの手紙

欠点のある頭で考えて、欠点を直そうとしても欠点はなくなりません。なぜなら、それを考えている頭に欠点があるからです。

A Matter of Character
性格の問題

Assining labels to his behaviors helps an AA to change
行動にラベルを貼ることで、変化の糸口をつかんだAAメンバーの話

 4番目と5番目のステップは何度もやってきたが、私はその都度自分の行いを正当化していた。確かに悪いこともした――だが私は元来とてもいい人物だから、特にこれ以上のことをする必要はないだろう、と。

 2001年に、私はスポンサーと一緒にまたこのステップをやった。そして『12のステップと12の伝統』のステップ7の文章を読んでいた時、突然に説得力のある洞察が私にもたらされた。

 それまでの私は、ステップ4で書き、ステップ5で話したことは「私が何をしたか」を説明しているのだと思っていた。私は(人々がそれを狂気と呼ぶように)同じことを繰り返してばかりだった。それはなぜだろうか?

 私はその答えをステップ6と7に見つけた。私が私であるからこそ、私は同じことばかりを繰り返していたのだ。私の行動を決めているのは私の性格だ。私が嘘をつくのは、私が不正直な人間だからである。私が臆病者の振る舞いをするのは、私が恐れているからだ。私が盗むのは、私が不正直で貪欲で嫉妬深いからだ。突然に私は理解した。違う行動をしたければ、私の性格が変わらなければならない。

 私は棚卸し表に戻ると、ステップ4で書いた在庫品のすべてに、性格上の欠点を示す言葉をそれぞれ当てはめていった。ビッグブックにある恐れ・恨み・わがまま・不正直、そして12&12にある高慢・貪欲・好色・怒り・飽食・嫉妬・怠惰を。次に私はとりわけ目立つ欠点――とりわけ多く生じ、とりわけ私に苦痛を与えている欠点――を探した。やがて私は、ステップ6と7にあるように、取り除いて下さるよう神に求める(欠点の)リストを手にしていた。

 私の行動に欠点のラベルを貼ることで、なぜそのように振る舞ったのか理由が分かるようになった。おかげで私は責任を引き受けられるようになり、本当の癒しと変化を経験できたのだった。

Hal W., Berwyn, Pennsylvania
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by kokoro-no-iede | 2010-01-22 14:40 | Grapevine | Trackback | Comments(1)
今月のGrapevine
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2009年2月号
特集は、Releasing Your Character Defects 性格上の欠点を手放す。

特集とは関係なくスポンサー・スポンシーのコーナーから
When My Sponsor Drank
スポンサーが飲んだとき

 Those we place pedestals sometimes fall
 私たちがあがめ奉る人たちは、時にそこから落ちることも

 ソブラエティで学ぶ他の多くのことと同じように、AAの誰かを台座にたてまつる(=あがめ奉る※日本語版p.178)ことの本当の意味を、あの頃の私はまったく分かっていなかった。そもそも私はAAに来る前から、回復中のアルコホーリックをあがめ奉っていた。例えばそれは父である。父は私より20年早くソーバーになっていたが、AAに来る前の父のとんでもない飲み方からすれば、その後の父はまさに歩く奇跡だった。

 私自身のソブラエティが始まるのはそれから何年も後になってからで、アルコールのせいで身体的、精神的、霊的(スピリチュアル)、そして法律的にもたくさんの問題を起こしてからだった。その時、私はスポンサーを持つように提案をもらった。ステップをやっている人で、私が望むような人生を生きている人。それにぴったりの人が見つかり、その人に12ステップのひとつひとつで私を導いてもらえるように、すぐに毎日話をするようになった。

 私たちはいつもミーティングで顔を合わせ、ビッグブックの各章を詳しく読み、全国のさまざまなAAの活動に参加するために旅をした。そうするうちに数週間、数ヶ月がたっていった。祈りと感謝を強調する彼の言葉を真剣に聞きながら、私は(ステップの)基礎を固め、自分の棚卸しを書き進めた。彼と一緒にステップ5を済ませ、私が熱烈な尊敬と終わることのない賞賛を注ぐこの人物の私心のない導きを得ながら、ステップ8、9へと進んだ。

 私がソブラエティに日々の棚卸しを組み入れる頃になると、会うのは週に一度に減ったが、私は黙想について彼が語る個人的経験に耳を傾けた。ステップ12に到着すると、スポンサーは、一緒に通ってきた道を振り返り、受け取ったものを他の人に無償で手渡すように、と言った。

 自分はソブラエティに関してはとても精力的に活動したい人間だとわかった。特にニューカマーには積極的に関わっていきたかった。私はAA以外のことも忙しくなりつつあったが、AAでは新しい人たちと密に関わっていった。

 その時、私のスポンサーが最初の一杯に手をつけたことを知った。

 ショックだった。私をステップを通じて新しい生き方へと導いてくれた人物が、また酒を飲むとはとうてい信じられなかった。私はだまされ、裏切られたと感じた。プログラムをやった後で飲んでしまった人たちも見てきたが、だがそれが自分のスポンサーとなると、失望と誤解のせいで私はすっかり具合が悪くなってしまった。

 だが他の人たちと話をしたおかげで、ソブラエティには永久保証が付いていないことに気づかされた。教えられたビッグブックのp.85(日本語版はp.123)には、アルコホリズムに対して私たちに与えられた日々の執行猶予、なぜ私たちの霊的状態が毎日きちんと保たれねばならないか、それが書かれている。

 つまるところ、私はちっとも裏切られてはいなかったのだ。そして私は大切なことを学んだ。私たちの誰も一生のソブラエティを保証されていないこと。誰かを台座にたてまつる(=あがめ奉る)ことは、私自身にとっても、尊敬するその人にとっても、危険なことなのだ。

 あれから3年が過ぎたが、私は自分がしらふであることに日々の感謝を捧げ、私の最初の一年にスポンサーが教えてくれたこの驚くべきAAの原理に従って生きるように努めている。

David J.
Grand Rapids, Michigan
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by kokoro-no-iede | 2010-01-13 11:33 | Grapevine | Trackback | Comments(1)
今月のGrapevine
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ようやく2009年の一月号。
購読がexpireしたので更新しろという手紙がきましたが、4,000円を出し惜しんでいます。

特集は TREATMENT CENTERS: Getting the Message Inside 治療施設へAAのメッセージを運ぶ。

でも特集とはまるで関係のない一編を。

One of the Birds
鳥の一羽
A former drinker, gambler, and womanizer talks about his fifty-nine years in AA.
かつて酒とギャンブルと女に溺れた男が、AAでの59年間を語る。

Upland, California の Dick C. が、Suzy P. のインタビューに答え、最後の飲酒からおよそ60年間の経験と希望と力を分かち合う。

SUZY P: Dick、本当に敬服するしかありません。アルコールを最後に飲んだのが34才のとき、そして現在93才とうかがっています。ミーティングでのあなたの姿にいつも勇気づけられています。Grapevineの読者もきっとあなたのストーリィを知りたいと思うでしょう。最後に飲んだ酒について話していただけますか?

DICK C: 最後に飲んだのは1949年の6月15日だった。友だちの一人が私をタンスに押し込んでこう言ったんだ。「俺がこれから何をするか教えてやるぜ。お前が今日飲めるだけの酒を買ってやる。いくらでも望むだけな。もし俺と一緒に今夜アルコホーリクス・アノニマスのミーティングに行くならば、だがな」 彼は金持ちだったから、私は金を使わせようと思ったんだ。だから私は「ようし分かった」と答えて、その日はしこたま飲んだ。それでその晩ミーティングに行ったんだ。そこに三人いてね、この気違い連中と酒をやめるなんて、とんでもない場所に来てしまったなと思ったよ。ミーティングが終わる頃には部屋の後ろの席で寝ていたさ。そして3日後にDT(振戦せん妄)が来た。大声で叫んだよ。それでも私は酒を拒んだし、医者に行くことも拒んだ。代わりにミーティングにいた人たちがそばで話しかけてくれたんだ。それからの長い話をぐっと縮めるとすれば、今日一日飲まないことを続けて、その日から今日まで飲まないで来られたわけだ。

S: ミーティングにはどれぐらい出てらっしゃいますか?

D: 当時 Pomona, Upland, Ontario のあたりの町では週に一回しかミーティングがなかった。そこで私たちはキャラバンを組み、4~5台の車に乗り合わせてほうぼうに行った。行ってみるとミーティングをやっていないこともあったが、一緒に行った人たちだけでもミーティングをするには十分な人数がいたよ。最近は平均すれば一日に最低一回出るぐらいだね。

S: ミーティングのどんなところが好きですか?

D: ことわざに「birds of a feather flock together(同じ羽の鳥は集まる=似たもの同士は惹かれあうの意)」というのがあるだろう。しばらくミーティングに出続けていれば、自分もその鳥の一羽だと分かるようになる。その群れと一緒にいれば、彼らの話し方ややり方が分かってくる。そうすれば自分が何に属しているかも分かる。ご存じだと思うが、かつては酒とギャンブルと女が私の人生だった。今ではアルコホーリクス・アノニマスで私に似た人たちと集まることが私の人生を進めてくれるよ。

S: AAは将来どんなふうに変わると思いますか?

D: 将来もAAの目的は変わらないはずだ。ここ数年で気が付いたことだが、多くの薬物依存症者が(AA)ミーティングに遅れてやってきてはアフターミーティングに参加している。そこで話してみると、彼らは他の共同体よりもAAミーティングで心の平和をより多く見つけているようだ。しかし私は彼らに、ここはアルコホーリクス・アノニマス(無名のアルコール依存症者)なのだと伝えている。つまるところ、私たちがこのことを前面にはっきり押し出していかなければ、いつの日かミーティングが厳密なアルコホーリクス・アノニマスのミーティングとは思えなくなってしまうだろう。
 私たちの多くは確信するようになった、アルコールが問題なのではなく、私たち自身が問題なのだと。もし私たちが手を出さなければ、アルコールは100年だってボトルの中にとどまり続けるはずだ。私たちが肉体のアレルギーと精神的とらわれを持つアルコホーリクだからこそ、アルコールをうまく取り扱えなくなってしまったわけだ。社会的飲酒者は「一杯やりに行こう」と言って、実際そのとおりに(一杯だけに)することができる。けれど私たちアルコホーリクが一杯やりに行ったら、自分の扱える限界を越えて飲んでしまう。

S: あなたはビル・Wに会ったことはありますか?

D: ビル・Wと握手したことはないね。ただ彼が出席したコンベンションには2回行った。5フィートか6フィートの距離だったよ。それからドクター・ボブの姿も一度見たことがある。二人とも見た感じがよく、一緒にいると気分が良くなる人たちだった。アルコホーリクス・アノニマスではすばらしい人たちにたくさん会えたが、彼ら二人は特別に印象的だった。

S: AAなしの人生を想像できますか?

D: 無理だね。AAは私がソーバーになった手段だからだ。AAの教えを私の暮らしに使うことでね。何かの食べ物や飲み物や他の何かを摂ってはいけなくなったとしても、それなりにうまく生きていけると思うが、アルコホーリクス・アノニマスなしで生きるのは無理だ。なぜなら、もう私はその一部だからだ。先ほど言った古いことわざ「同じ羽の鳥は集まる」の通りだ。人々はAAにやってきてはこう考える、「うん、これは私には効果がないに違いない」とね。けれどAAに効き目がないんじゃなくて、彼らが試してみないだけだ。AAには効果がある。

S: 他にあなたと同じぐらい長く飲んでいない人を知っていますか?

D: 知らない。もし私よりソーバーが長い人がいたらスポンサーを頼もうと思って探しているんだが、やはり見つからないね。ともかくこの近くにはいないことは分かっている。きっと老人ホームみたいなところにいて、ここにいないだけだろう。ともかく、今日という日も飲まないでいられるのは素晴らしいよ。

Suzy P.
Upland, Calfornia

表紙の絵はAAのミーティング風景。
12のステップと12の伝統の紙が張ってあります。断酒会で「一日断酒」と「例会出席」が張ってあるのと同じか。
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by kokoro-no-iede | 2009-11-26 19:32 | Grapevine | Trackback | Comments(0)